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山形県川西町立吉島小学校 豊かな心を持ち 進んで学ぶ 心身ともにたくましい子ども

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創立118周年を祝して ~式辞より~

  校庭の木々が赤く色づき、秋の深まりを感じる季節となりました。今日は、吉島小学校が生まれて118回目の創立記念式です。全校生で、学校の長い歴史に思いを巡らし、学校に感謝する日にしましょう。
今日は、PTA会長の寒河江和久様にご出席をいただきました。お仕事の大変忙しい時間を縫ってご出席いただきましたこと、心より感謝申し上げます。    先日の学習発表会では、各学年ごと素晴らしい学習の成果を発表してくれました。学校にお越しくださった多くの方々から「感動しました!」という感想をいただき、嬉しく思いましたが、一つだけ紹介します。

   発表会の前の日まで、家の中で振り付けの動きを練習したり、台詞を繰り返し練習している様子を微笑ましく見ていました。10月24日の本番は、それまでの練習の成果が見事に表れていましたが、それは一つの結果でしかありません。当日までの練習過程が、子どもたちを成長させるのに大事だと感じました。
どの学年も、生き生きとした歌、踊り、劇の連続で、躍動感のある発表、個性がきらめいた瞬間でした。

   この感想からもわかるように、保護者、地域の方々は、吉島小学校を温かく見守り、皆さんの活躍や成長を心から期待しています。そして、その思いは118年前からずっと続いているのです。学校は歴史の中で生きています。先輩が築いてきた素晴らしい活躍があってはじめて、今年の皆さんの活躍があることを忘れてはなりません。そして、今年の私たちの頑張りは、新しい伝統として息づき、未来のよしじまっ子に引き継がれていくのです。「学校の長い過去に感謝し、吉島小の素晴らしさを未来につないでいこう」。創立記念式にはそんな願いがあるのです。

は変わりますが、皆さんは「井上ひさし」という人を知っていますか?今年の芸術鑑賞教室では「ひょっこりひょうたん島」を見たわけですが、あのお話をつくった人で、日本の作家が所属する日本ペンクラブ会長として活躍もした人です。さあ、今年は誕生118周年を祝って、川西町が生んだ偉大な作家「井上ひさし」についてお話しします。
 ひさしは、ここ川西町に生まれました。家はもうありませんが、今の小松小学校南側にある小さな喫茶店あたりに、住んでいた家があったそうです。実際住んでいたのは5才まで。その後75才まで仙台や東京で、作家(物書き)として人生を送りました。また、ひさしは、自分のことを「遅筆堂」と呼ぶことが多かったようです。彼は、75年間の人生の中でたくさんの劇の台本、小説、漫画主題歌の歌詞などを書き続けましたが、その書きぶりは丁寧で、書き上げる期限がいつも延びてしまう作家として有名でした。このようなことから自分自身を「筆がなかなか進まない作家」すなわち「遅筆堂」という愛称で呼び、周囲の人から親しまれたのです。
  特にひさしを有名にしたのはこの2つ作品です。まずは、「ひょっこりひょうたん島」という子ども番組をつくったこと。ムーミンやひみつのアッコちゃん等、アニメの主題歌もたくさん作詞しました。2つめは小説家としての活躍です。テレビで馴染みのピース又吉直樹が、今年「火花」という本を書いて直木賞を受賞し、大きな話題となっていますが、ひさしもまた、「手鎖心中」という本を書いて同じ賞をもらっています。また、「吉里吉里人」という小説は当時のベストセラーとなり、日本SF大賞や読売文学賞という栄冠を独り占めにするほどの人気でした。

 彼の人生を少し遡ってみます。ひさしは、子どもの頃ずいぶん苦労したようです。お父さんは先代からの薬屋を継ぎ細々と営んでいましたが、本を書くことが好きで生活は楽ではなかったようです。5才の時、父親が死んでしまい、母親が薬屋の仕事を引き継ぐものの、生活はますます苦しくなりました。そして、ついにひさしは仙台のキリスト教 孤児院にあずけられてしまうのです。

 勉強は得意で、仙台第一高等学校に入学後上智大学に進みます。途中、生活が苦しくてアルバイトをするために大学を休んだりしましたが、26才の時、放送作家として書き上げた「ひょっこりひょうたん島」が大ヒットし、瞬く間に日本を代表する劇作家になりました。

  まれてわずかしか生活しなかった川西町ですが、ひさしの故郷に対する想いは強く、いつも心の片隅に川西町があったようです。そして、54才の時、ふるさと川西町への恩返しという意味もあったのでしょう。自分が大切に保管していた書籍7万冊を川西町に寄付することになったのです。それが、フレンドリープラザの遅筆堂文庫として整備され、以来、町民はひさしの作品にふれながら豊かな時間を過ごしています。その後も、ひさしは毎年毎年本の寄付を続け、現在は22万冊にまで膨れあがりました。今では、全国の井上ひさしファンが遅筆堂文庫を訪れようになり、井上ひさし研究の拠点ともなっています。
 また、ひさしは、川西第一中学校、第二中学校の校歌を作詞し、今はその第一中学校校歌が川西中学校校歌として歌い継がれています。「広き心」「 清き心」「 強き心」を持った人こそが、価値ある「人」であるという教えは、「人らしき人」というフレーズとなって歌い継がれ、川西中学校の校訓ともなっています。

  最後に、1枚の色紙を見てください。これは、現在の川西中学校の校長室に掲げられている井上ひさしの色紙です。

    むずかしいことをやさしく  やさしいことをふかく
    ふかいことをゆかいに        ゆかいなことをまじめに  書く

   ひさしは作家ですから、「書く」という行為の本質をこのように捉え、よく色紙に書きました。今は亡き大先輩から、こんな素晴らしい言葉を遺してもらった皆さんをとても羨ましく感じます。

  結びに、今日の記念日を迎えるにあたり、みなさんが「吉島人、さらには川西人として誇り高く生きてほしい」という願いをお話しして、創立記念式の式辞とします。